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絶滅隔離政策の下、なぜ
ハンセン病療養所は患者
教師や人望ある知的患者
を頻繁に追放する危険を
選んだのか――

  
患者教師・子どもたち
・絶滅隔離
<ハンセン病療養所>
  ――全生分教室自治と子ども手当て――
   
療養所に限らず不条理な差別・迫害に苦しむ子どもたちの学力は、尽く無残である。しかし多磨全生園全生分教室には、それが当てはまらない。…混迷する今日の教育論議を整理する手掛りが、この小さな教室に潜んでいるはずである。
著者=樋渡直哉
体裁=A5・320ページ
本体価格=2,500円
発行日=2013年8月5日
ISBN=978-4-88527-216-5
在庫=あり
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目次
  *は子どもの作文
 
まえがき
 
第1章 「奇妙な国」

序 節
 矜持なき「文明」

第1節  隔離する必要はなかった
  『牢獄か楽園か』
  隔離する必要はなかった
  「奇妙な国」の監房破壊計画

第2章 患者教師と子どもの発見

第2節  園内通用学力
 遊びは葬式と念仏のまね
 皇国の穀潰し

第3節  療養所における子どもの発見
 作文にかけないこと  *正ちゃん  *お母さん
 教えることは不可能だと思った  *小さき運命
 子ども手当て、子どもの発見
 パンドラの箱に残った希望

第4節  民主化と特効薬と予防措置
 園長が怒られる
 優生劣死  *私達の貧乏な学校
 特効薬と業病観からの解放  *プロミンを射つまで *学校
 お前はもう、人間ではない
 派遣教師と聖者″意識

第5節  予防法闘争と患者教師と派遣教師
 僕らは囚人ではない
 作文表現の変化   *一番おそろしく思ったこと *壮健さん
 派遣教師たち
 療養所内学校教師全国会議
 差別は派遣教師も逃さない
 学力″そりゃ、幼稚園

第6節  患者教師と分教室自治
 分教室の「学力」
 教育環境としての「患者」と療養所
 患者教師の自治

第7節  ピカイチの授業と普段着の派遣教師
 複式授業の楽しみ  *私たちの学級  *科学部のこと
  *全生園の樹木
 ピカイチの授業
 患者教師の「大学」
 普段着と普通教育

第8節 隔離の「空洞化」と最後の子どもたち
 逆方向に空洞化
 こころ優しい子どもたち  *つばめ  *看病
 私服の園長
 最後の子どもたち    *運動会

第9節  新良田教室の失敗
 希望と期待
 新良田生の熱気と冷酷な教育目標
 先輩後輩の自殺
 やまどり校
 新良田生の自己分析
 園長は予防着をつけていない
 教師の証言
 進路指導としての嘘
 患者教師と自治の不在

第10節 予防法廃止と療養所の知性
  「大谷見解」
 もしあなたがハンセン病患者なら、私はすぐ逃げるよ
 「業界」の論理
 療養所の知識人


第3章 追放された患者教師

第11節 隔離と追放
 患者教師追放
 検察官患者と憲法
 追放の根拠
 癩者解放同盟の場合
 追放とは何であったのか

第12節  癩病院の屋根の赤旗
 自治による「楽園」
 癩者解放同盟と外島事件
 科学的啓蒙の可能性
 追放された患者のその後    
 
全生分教室関係年表
あとがき

                   
 
「まえがき」より

  ハンセン病療養所多磨全生園(ぜんしょうえん)に、箱車で乞食放浪する父と子が収容された。戦前のことである。シラミと垢だらけの娘が、風呂に入れられお仕着せに着替えた姿を見て、居合わせた人たちは仰天した。かぐや姫のような少女が立っていたからである。その美しい顔姿から暗く重い影が消えるには長い時間を要したが、指導性溢れる明るい乙女になり誰からも慕われたという。 
 差別偏見に満ちた世間から苦難極まる患者を救ったのが、療養所であり「救癩」運動であるとする物語がある。逆である。療養所の根拠法「癩予防法」と無癩県運動こそが、ハンセン病に対する差別偏見を煽り立て、患者を文字通り displaced persons(難民)化、放浪生活に追い込み、早期発見早期治療から遠ざけ病状を悪化させたと言うべきである。虚構を制度化して、病者や弱者を劣悪な境遇に追い込み、そこに現象する悲惨を差別偏見の種にして恰も実態であるかのように偽装する。差別は全てそうして構成・再構成されてきた。かぐや姫を、シラミと垢だらけの放浪生活に追い込んだのが「癩予防法」である。
 『真空地帯』にならえば、人は「コノナカ(療養所)ニアッテ、人間ノ要素ヲ取リ去ラレ」ハンセン病患者になる。軍隊では病気になれば入院治療することができた。しかしハンセン病療養所では、病身であっても過酷な強制労働が課せられ、一刻もはやく死に絶えることだけが期待された。
 
  この論考では、三つの事に注目した。
 野間宏によればハンセン病療養所は、日本の最も深い闇である。その暗黒に患者教師と子どもたちがいて、ともに己の絶滅に向かい合っていた。患者教師とはおかしな響きである、彼らは一体何か。療養所に限らず「人間ノ要素」を毟り取られた子どもたちの学力は、尽く無残である。しかし多磨全生園全生分教室には、それが当てはまらない。それだけではない、戦前既に患者たちは療養所内の強制労働から子どもを解放して、全ての子どもに一律の手当を支給している。混迷する今日の教育論議を整理する手掛りが、この小さな教室に潜んでいる筈である。そこに生きた患者教師と子どもたちを通して、その実態と背景を探る。それが第一。
 二つ目。患者教師や人望ある知的患者が、療養所から度々追放されている。辻褄が合わない、患者を「ペスト並みの恐ろしい伝染病の唯一の感染源」と言立て、絶滅隔離を強制した療養所が患者を頻繁に「追放」しているとは。隔離する側は、彼らの何を恐れて不可解な「危険」を選んだのか。
  三つ目は、療養所に収容された知識人の生き方が、きれいで格好いいこと。療養所外「社会」のインテリが権力・金・地位の幼稚な価値に迎合して特権に埋没した後も、療養所の知識人は困難且つ地味な自由への闘いを担い続けてきた。皆と雑魚寝して机すらない、時には孤立してまでも行動の先頭に立つ。この特権から最も遠い生き方、誠実さは、一体どのように育まれ維持されたのか。そして彼らがどう教育に関わったのか。
 
 ハンセン病者への迫害がむごさを極めるなか、これは仏の化身かと想わせる挿話が数多くあって、この論考でも様々に紹介する。しかし美しく感動的な語りは、冷酷な現実と別ちがたく結びあっている。
 偏見から自由な人々を孤立させず、差別の残忍な現実とその構造に立ち向かうのが、我が憲法下のあらゆる組織と個人の責務である。学校はその最も重要な部分を幾重にも担わねばならない。感動的な物語が日常茶飯事になったとき、それが感動を誘うことはない。極楽は退屈であるという。

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